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有名人に歴史あり!芸能界に入る前の職業が意外なタレント7選

2016.11.14 / 未分類

テレビやスクリーンでおなじみのあの人も、最初から有名人だったわけではありません。

もちろん子役出身の方や、学生時代にスターの座をつかんだ方々もいますが、それはごく少数派。

大半の人たちは、下積みを経て栄光の座を勝ち取ったのです。

そんなわけで今回は、前職が意外な芸能人の皆さんをご紹介いたします。

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1.おのののか

引用http://talent.platinumproduction.jp/onononoka

レースクイーンとビールの売り子!
駆け出し時代は二足のわらじ

前職が意外な芸能人といえば、まずはこの方を思い出す方も多いのでは。

高校卒業後にプロダクションに応募し、タレントやレースクイーンとしての活動を始めます。

そんな彼女が駆け出し時代にやっていたアルバイトが、東京ドームでのビールの売り子。

通常は100杯売るのがやっとらしいのですが、おのののかはその美貌を活かして最高で400杯を売り、東京ドームのNo.1ビール売り子として注目されていたようです。

週3日のペースで1日およそ3時間前後働いて、歩合給を含めて月収30万円を稼ぎ出していたといいます。

おのののか

生年月日:1991年12月13日
主な活動:グラビアアイドル
事務所:プラチナムプロダクション

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2.タモリ

引用http://www.tanabe-agency.co.jp/#talent

長かった下積み時代。
保険外交員、ボーリング場支配人、喫茶店マスター…そして居候。

明石家さんま・ビートたけしと並んで「お笑いビッグ3」の一人であるタモリさん。

ですが、そのデビューは意外にも遅く30歳のこと。

早稲田大学を中退後地元である福岡県に戻り、保険外交員として数年を過ごした後、ボーリング場の支配人に。

さらに喫茶店のマスターとなります。

この頃に偶然出会ったジャズ・ミュージシャンの山下洋輔さんを通じて、その笑いの才能が東京の文化人の間で広く話題となり、遂には「伝説の九州の男・森田を呼ぶ会」が結成されたんだとか。

物好きな(?)文化人たちの尽力もあり、1975年に上京した後、漫画家・赤塚不二夫の豪邸に居候する傍ら、芸能界で活躍するようになったんだそうです。

タモリ

生年月日:1945年8月22日
主な活動:タレント・司会・作家
事務所:田辺エージェンシー

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3.唐沢寿明

引用http://www.ken-on.co.jp/artists/karasawa

唐沢寿明のデビューは、あの有名特撮ヒーロー番組?

今やすっかり大物俳優の唐沢寿明さんですが、実はタモリさんと同じく、下積み時代が非常に長かったことで知られています。

1963年に東京都台東区で生まれた唐沢さんは、俳優業を志して高校を中退。

16歳で東映アクションクラブに所属し、特撮やアクション物のドラマにエキストラとして出演しています。

そんな唐沢さんのデビュー作となったのが、1984年にTBS系列で放映された東映・毎日放送制作の『10号誕生! 仮面ライダー全員集合!!』。

この『仮面ライダー』シリーズの特別番組で、なんとライダーマンの中の人、つまりスーツアクターとしてデビューを飾っています。

そんな縁もあってか、唐沢さんは現在でも特撮が大好きなのだとか。2014年公開のスーツアクターに焦点を当てた劇場作品『イン・ザ・ヒーロー』に主演されたのも、特撮への愛あってこそなのでしょう。

唐沢寿明

生年月日:1963年6月3日
主な活動:俳優
事務所:研音

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4.設楽統(バナナマン)

引用http://com.horipro.co.jp/talent/

引用http://com.horipro.co.jp/talent/

バナナマン設楽が高校卒業後に就職した会社とは?

売れっ子お笑いコンビ・バナナマンのツッコミ担当としてはもちろん、ピンでは俳優や司会者としても活躍しているのが、設楽統さん。

あまり知られていないですが、最初期のバナナマンは4人組。

現在は俳優、タレントとして活躍している西秋元喜さんの呼びかけで、設楽、日村、西秋、西秋さんの元相方の4人でグループを結成されたんだそうです。

当時の設楽さんが渡辺正行さん(コント赤信号)の運転手だったというのも意外ですが、さらに意外なのがお笑い界に入る前の経歴。

西武鉄道に入社し、池袋線小手指駅で駅員をされていたそうですが、わずか半年のみの勤務だったそうです。

設楽統

生年月日:1973年4月23日
主な活動:芸人・俳優・司会者
事務所:ホリプロコム

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5.YUKI

引用http://www.yukiweb.net/profile/

ガールポップ界の女王YUKIはデビュー前に何をしていた?

今や超大物シンガーのイメージが定着したYUKIさんですが、ソロになる以前はバンド・JUDY AND MARYのボーカルでした。

でもその前に何をされていたかをご存知でしょうか?

YUKIさんは1972年北海道函館市出身。
高校時代からバンド活動をされていたそうで、当時から同じく北海道出身のバンドGLAYとの交流があったそうです。

そんなYUKIさんが高校卒業後に就職したのが、函館市内にあるバス会社。

なんとバスガイドをされていたんだそうです。

上京後は、エステティシャンもされていたとか。

どちらも、美しいルックスと声の持ち主であるYUKIさんらしい職業といえるのではないでしょうか。

YUKI

生年月日:1972年2月17日
主な活動:歌手
事務所:ソニー・ミュージックアーティスツ

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6.江角マキコ

引用http://inquire.co.jp/artist.html

バレーボールの実業団選手を経てファッションモデルへ。

若い人たちの間で意外と知られていないのが、女優・江角マキコさんの前職。

1966年生まれの江角さんは、高校卒業後に日本たばこ産業女子バレーボールチーム(JTマーヴェラス)に入団し、バレーボール選手として活動していたんです。

実業団選手として活躍していた江角さんですが、残念ながら故障により1987年に引退し、ファッションモデルへと転身。

1995年に唐沢寿明さん主演のドラマ『輝け隣太郎』で女優デビューを果たし、翌年には是枝裕和監督による劇場映画『幻の光』で一躍脚光を浴び、女優としても大ブレイクします。

江角マキコ

生年月日:1966年12月18日
主な活動:女優
事務所:インクワイヤー

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7.哀川翔

引用http://showaikawa.com/profile/

実は文系?「Vシネマの帝王」哀川翔の前職とは?

強面のイメージで知られる俳優の哀川翔さんですが、その前職は意外にも雑誌のライターさん。

1961年生まれの哀川さんは、鹿児島県立高山高校を卒業後に上京し、東京工学院専門学校に進学します。

この頃、アルバイトとして始めたのが人気雑誌「ポップティーン」のライター業。

ペンネームは、現在も芸名として使用している「哀川翔」をもじった「ショウ・ロンリーリバー」。

そんな哀川さんですが、ライター業と並行して、仲間たちと渋谷の路上でストリート・パフォーマンスを行っていました。

この集団こそが路上パフォーマンス集団「劇男一世風靡」であり、後に『前略、道の上より』でレコードデビューを飾る「一世風靡セピア」の前身となるグループです。

哀川翔

生年月日:1961年5月24日
主な活動:俳優・歌手
事務所:BINGO

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いかがでしたでしょうか。
イメージと正反対の仕事をしていた方、後に芸能界でも発揮する才能を活かして働いていた方と、スターの皆さんの前職も様々です。

今回紹介した方々の活動を見ていると、かつての仕事が現在の活躍に繋がる「芸の肥やし」になっている様に感じられます。

今、現在アルバイトをしながら芸能人を夢見ているあなた。

その経験、いつかステージで役に立つかもしれませんよ?

「人に歴史あり」という言葉がありますが、まさに「芸能人に歴史あり」といったところですね。

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