落語の舞台

【笑福亭鶴瓶】オーディションなび的タレント伝(14)ー弟子入りを考えたスタートは?

2021.05.07 / 芸能人

笑福亭鶴瓶のプロフィール

落語家でタレント、司会者としても活躍する笑福亭鶴瓶さん。
落語家としては、上方落語協会の相談役を務めており、幅広いジャンルの芸能人からの、人望も厚いことで知られていますよね。
そんな、誰からも愛される笑福亭鶴瓶さんについて、生い立ちやデビューのきっかけを詳しく紹介していきます。

笑福亭鶴瓶

本名   駿河 学(するが まなぶ)
生年月日 1951年12月23日
出身地  大阪府中河内郡吉村(現在の大阪市平野区)
最終学歴 京都産業大学 中退

学生時代から落語に興味を持っていた笑福亭鶴瓶さんですが、どのようなきっかけでデビューに至ったのか、気になりますよね。
笑福亭鶴瓶さんが、芸能界で活躍するまでのエピソードを、詳しく紹介していきます。

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笑福亭鶴瓶の生い立ちとは

現在の大阪市平野区にあたる中河内郡長吉村長原で、5人兄弟の末っ子として誕生した笑福亭鶴瓶さん。
人懐っこく、周りの人を喜ばせるのが大好きな少年で、姉たちからも非常にかわいがられていたそうです。
家族の中で、笑福亭鶴瓶さんが一番面白くないと言われるほど、明るく陽気な家族の中で育った笑福亭鶴瓶さん。
中学生になる頃には、2代目桂伸治さんの落語「堀の内」に影響を受け、学校のクラスメイトの前で演じていたそうです。

浪花高等学校に進学した笑福亭鶴瓶さんは、ボクシング部に所属しますが、先輩からの打撃を受けて目を負傷し、退部することになります。
そこで、友人と一緒に「落語研究会」を立ち上げました。
この頃から、将来は落語家になりたいと考えていましたが、悩んだ末に、京都産業大学に進学します。
大学でも「落語研究会」に所属し「童亭無学(どうてい むがく)」と名乗っていました。

笑福亭鶴瓶のデビューのきっかけ

大学でも落語研究会に所属していた笑福亭鶴瓶さん。
大学入学後には、後の妻となる玲子さんとも出会い、落語研究会のマネージャーに誘います。

笑福亭鶴瓶さんは、入学金以外の学費は、自分で支払わなければいけなかったため、旅館でのアルバイトを始めます。
そこで出会ったのが、フォークデュオ「あのねのね」の清水国明さんで、同じく「あのねのね」の原田伸郎さんとも出会います。
人を楽しませることが大好きな笑福亭鶴瓶さんは、玲子さんと共に「あのねのね」のメンバーに加入しますが、やがて清水国明さんと原田伸郎さんの2人が「あのねのね」としてデビューし、大ブレイクすることになります。

その後、大学を中退した笑福亭鶴瓶さんは、6代目笑福亭松鶴さんに弟子入りし、本格的に落語家への道へと進み、高座名「笑福亭鶴瓶」として、落語家デビューを果たしました。

笑福亭鶴瓶の芸能界での活躍

笑福亭鶴瓶さんと言えば、昔はアフロヘアーにオーバーオールという、落語家らしくない見た目が特徴的でした。
当時、師匠からは髪を切るように言われていましたが、笑福亭鶴瓶さんは、落語家の「古い」イメージを払拭するために、あえて、このようなファッションをしていたそうです。

落語家として活動を始めた笑福亭鶴瓶さんは、入門から間もなく、ラジオ番組にも出演していました。
その後、テレビでは近畿放送の「丸物ワイワイカーニバル」で、初めてレギュラー番組の仕事をするようになり、東京のテレビ局での番組にも出演します。
しかし、生放送中に露出、器物破損など、度が過ぎる悪ふざけをしたことで、テレビ局のスタッフが笑福亭鶴瓶さんの態度に不満を持ち、ここから10年間は東京でのテレビ出演はありません。

こうしたトラブルもありましたが、1978年に開始した「ぬかるみの世界」1982年から始まった「突然ガバチョ」で、笑福亭鶴瓶さんのトーク力に注目が集まります。
1986年からは、全国番組のゴールデン枠でMCを務めるものの、裏番組が「オレたちひょうきん族」や「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」などの大人気番組だったため、笑福亭鶴瓶さんの番組はすぐに打ち切りに。
メディアや週刊誌では「東京進出失敗」などと書かれましたが、1978年から「森田一義アワー 笑っていいとも!」のレギュラーになったことで、徐々に全国区での知名度を上げていきます。

1990年代に入ると、笑福亭鶴瓶さんは落語界だけでなく、テレビ番組にも欠かせない存在として、バラエティ番組や、ドラマなど、幅広い分野で活躍するようになります。

笑福亭鶴瓶の主な出演番組(バラエティ番組)

・ザ!世界仰天ニュース(日本テレビ)
・鶴瓶の家族に乾杯(NHK総合)
・A-Studio+(TBS)
・きらきらアフロTM(てれび東京)
・チマタの噺(テレビ東京)
・桃色つるべ~お次の方どうぞ~(関西テレビ)

笑福亭鶴瓶の主な出演番組(テレビドラマ)

・連続テレビ小説・純ちゃんの応援歌(NHK)
・ブラックジャックによろしく(TBS)
・大河ドラマ・元禄繚乱(NHK)
・大河ドラマ・西郷どん(NHK)
・華麗なる一族(TBS)
・半沢直樹(TBS)

積極的にメディア出演をし、多忙な中でも落語の独演会を展開するなど、テレビだけでなく、落語界にも大きな影響と功績を残しています。

笑福亭鶴瓶の芸能界でのエピソード

デビュー前も、デビュー後も、驚くようなエピソードがたくさんある笑福亭鶴瓶さんの、とっておきのエピソードを紹介します。

小学生の時に万馬券を的中していた!?

笑福亭鶴瓶さんが小学生の時、登校途中に近所に住む男性に「競馬場へ行こう」と誘われ、ついて行ってしまいます。
男性は、笑福亭鶴瓶さんが予想した馬券を購入し、それが見事的中します。
男性は40万円の払戻金を、笑福亭鶴瓶さんに全て渡し、持ち帰って自宅でこっそりと、お札を数えていたところを母親に見つかってしまいます。
驚いた母親は、男性に話を聞きに行って、笑福亭鶴瓶さんが万馬券を当てたことを知り、受け取ることになったそうです。

大学に入学した理由

笑福亭鶴瓶さんは、京都産業大学に入学していますが、その理由は、他の大学よりも入学金が安かったこともありますが、実は推薦入試を受ける友人の付き添いに行った時に、出会った女性にまた会えるかもしれないと考え、京都産業大学を選んだそうです。
この女性こそが、笑福亭鶴瓶さんの妻・玲子さんだったそうです。
その後、玲子さんとは、交際から10年後となる1980年に結婚しようと約束していましたが、第一子の妊娠が発覚したため、1974年に結婚することになります。
この時は、まだ、玲子さんの両親から結婚の許しがもらえず、玲子さん側の出席者がいない状態で結婚式が開かれました。

最初に弟子入りしようとした大スターとは?

6代目笑福亭松鶴さんに弟子入りした、笑福亭鶴瓶さんですが、高校生の時に落語家になることを父親に反対されてしまいます。
父親から「将来何になりたいのか」と聞かれ「渥美清に弟子入りしたい」と告げ、実際に東京を訪れましたが、渥美清さんが不在で会えなかったそうです。
その後、大学を受験することを決意し、過去を一度整理する気持ちで、友人たちが受験しない大学を選んで受験しました。

先輩からも後輩からも慕われる、笑福亭鶴瓶さん。
これからも、たくさんの番組で活躍する姿を見続けたいですね。

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