ギターを弾く男性

【福山雅治】オーディションなび的タレント伝(11)ー芸能界に入って一番うれしかったこととは?

2021.04.28 / 俳優, 歌手

福山雅治のプロフィール

俳優・歌手、どちらの分野でも成功している芸能人と言えば、福山雅治さんの名前が思い浮かぶ人は多いのではないでしょうか。
年齢を重ねても魅力的な男性でい続ける福山雅治さんについて、詳しく紹介していきます。
はじめに、プロフィールから見ていきましょう。

福山雅治

本名   福山雅治
生年月日 1969年2月6日
出身地  長崎県長崎市
学歴   長崎県立長崎工業高等学校卒業
身長   181㎝
血液型  O型

俳優、歌手の他、作詞・作曲・編集も手掛け音楽プロデューサーとしても活躍しています。
数々のヒット曲を生み出し、ヒットドラマに出演するなど、芸能界のトップに立ち続ける福山雅治さんについて、生い立ちやエピソードを解説していきます。

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福山雅治の生い立ちとは

長崎県長崎市で、2人兄弟の次男として誕生した福山雅治さん。
出生時の体重は、4,000gだったそうです。
友達の家の仏壇に供えられた果物を勝手に食べてしまうなど、ヤンチャだった小学生時代は勉強が大嫌いで、成績も良くありませんでした。

中学生になると、兄の影響を受けて、ギターを弾き始めます。
友人を集めて「不死鳥(フェニックス)」というバンドを結成し、中学校卒業時には体育館でライブを行ったそうです。
部活動でもブラスバンド部の部長を務め、ドラムをやっていた兄ともバンドを組むなど、音楽漬けの生活を送っていました。

地元・長崎で高校を卒業して、電子計測器会社に就職しましたが、音楽への想いが断ちきれず、入社から5ヶ月で退職し上京することになります。

福山雅治のデビューのきっかけ

歌手を目指すことを周りの人たちに言えないまま「古着屋になる」と言って上京し、アルバイトをしながら生活していた福山雅治さん。
デビューのきっかけは、1988年に「アミューズ・10ムービーズオーディション」に合格したことでした。

アミューズに所属し、19歳の時に映画「ほんの5g」にて俳優デビューを果たします。
その後、1990年には、シングル曲「追憶の雨の中」で念願のCDデビューも果たし、翌年はラジオDJデビューもしています。
ちなみに、1989年に歌手デビューすることが決まっていましたが、キーの合わない歌を歌い続けたことが原因で、声帯ポリープができて、デビューが延期になったというエピソードもあったそうです。

福山雅治のオーディションエピソード

芸能界入りのきっかけは、現在も所属する事務所のオーディションだった福山雅治さん。
このオーディションには、福山雅治さん自身が応募し、最終選考に進むための合否の結果を待っていましたが、合格の連絡が届きませんでした。

オーディションに落選したと思った福山雅治さんは、最終選考当日にドライブに出かけます。
しかし、車のマフラーが故障し、修理をするためにアパートに戻ったところ、オーディション合格の連絡が電報で届き、すぐに会場に駆け付け、遅刻したものの、無事審査を受けることができたそうです。
最終選考の通知の郵便が、手違いで届かなかったことが原因だそうですが、車が故障していなければ、福山雅治さんはオーディションを受けていなかったかもしれませんね。

ちなみに、当時アミューズの会長は、遅刻をする人とは会わないと考えていましたが、会場にいた女性スタッフたちから「どうしても会って欲しい」と言われて、福山雅治さんを審査をしたそうです。
当時から、女性を惹きつける魅力があふれ出ていたのかもしれませんね。
また、遅刻したことに良い印象を持っていなかった会長が「合格」と判断したということは、それだけのスター性があったと考えられますね。

福山雅治の芸能界での活躍

俳優、歌手のどちらもデビューを果たした福山雅治さんでしたが、注目されるきっかけとなったのは1991年に放送された、TBS系ドラマ「あしたがあるから」で、ヒロインを演じた今井美樹さんに思いを寄せる若村良一役を演じ、その美しいルックスが話題となります。

そこからドラマ出演のオファーが増え、1992年にはTBS系ドラマ「愛はどうだ」に出演し、挿入歌に起用された「good night」もヒットします。
そして、本格的に福山雅治さんの知名度と人気が上がった作品が、フジテレビ系ドラマ「ひとつ屋根の下」への出演でした。
「ひとつ屋根の下」は、30%を超える視聴率で、1990年代の民放ドラマの最高視聴率を記録し、福山雅治さんがより多くの人に知られるきっかけとなりました。
同時期に自身のヒット曲となる「MELODY」で、NHK紅白歌合戦にも出場します。

・IT’S ONLY LOVE
・HELLO
・桜坂
・虹
・家族になろうよ

このように、今も歌い継がれる大ヒット曲を次々に発表し、人気アーティストとして不動の存在となります。
「家族になろうよ」を発売し、初週で15万枚以上を売り上げたことにより、CDシングル・アルバムの売上総枚数が、男性ソロアーティスト1位となりました。
オリコン首位獲得数も、ソロシンガーソングライターとして歴代1位を記録しています。

また、俳優としてもフジテレビ系で放送された「ガリレオ」、NHK大河ドラマ「龍馬伝」など、話題作に次々主演するなど、存在感を増していきました。
「龍馬伝」では「第19回橋田賞」「第48回ギャラクシー賞」を受賞しています。
アーティストとして成功するために、知名度を上げたくて、俳優活動を行っていた福山雅治さんですが、俳優としてもここまでの功績を残すというのが素晴らしいですね。

福山雅治の芸能界でのエピソード

デビュー以来、芸能界で数々の功績を残している福山雅治さんですが、興味深いエピソードもたくさんあります。
福山雅治さんに関するエピソードを紹介します。

小学生時代に警察沙汰になった事件とは

福山雅治さんが小学生の頃、体育の授業をサボるために、教壇の下に隠れていました。
当時、世間では、日本がモスクワオリンピックをボイコットしたことが、大きなニュースになっており「ボイコット」という言葉に影響された福山雅治さんは、友達を誘って、体育の授業をボイコットしたそうです。
しかし、そのまま眠ってしまい、目を覚ました頃には、いなくなった福山雅治さんを探すために警察までもが出動する事態に。
駆けつけてきた母親に、みんなの前でボコボコに殴られたそうです。

芸能界に入って嬉しかったこととは?

福山雅治さんが芸能界に入って一番うれしかったことは、世界の歌姫・ビヨンセさんに「I like フクヤマ」と言われたことだそうです。
2008年には音楽番組「ミュージックステーション」にて、共演していますが、その時にもビヨンセさんが、福山雅治さんに話しかける場面も見られました。
ちなみに、二番目にうれしかったことは「ドラえもん」に、本人をイメージしたキャラクター「福山雅秋」役で、出演したことです。
しずかちゃんの憧れのスターという設定で、福山雅治さん自身もたくさんの人に自慢したそうですよ。

人気ランキングの王者!?

福山雅治さんと言えば、あらゆる人気ランキングで、上位にランクインすることでも有名です。
「an・an」の「好きな男ランキング」では、10年連続で2位、オリコンの「男が選ぶなりたい顔」ランキングでは5年連続1位となり、殿堂入りも果たしています。
さらに2020年に行われた「イケボだと思う俳優ランキング」では、中村倫也さんなど旬な若手俳優がランクインする中、堂々の第1位を獲得しています。
福山雅治さんは、このアンケートの時点で50歳なので、年齢を重ねても変わらぬカリスマ性を感じますよね。

男性からも女性からも憧れられる存在の福山雅治さん。
これからも、音楽や映画、ドラマで、たくさんの作品を見ていきたいですね。

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