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米津玄師のデビューのきっかけとは?デビュー曲の秘話も

2020.12.01 / 歌手

米津玄師のプロフィールとは?

現在の音楽シーンに欠かせない存在である米津玄師さんは、シンガーソングライターや音楽プロデューサーとして活躍しています。
メディアでの活動を見ていると、シンガーソングライターとして音楽活動を行っているイメージが強いのではないでしょうか。
そんな米津玄師さんについて、デビューのきっかけやブレイクのきっかけなどを紹介していきます。
はじめに、米津玄師さんのプロフィールから見ていきましょう。

米津玄師プロフィール

・本名   米津玄師
・生年月日 1991年3月10日
・出身地  徳島県

米津玄師さんと言えば、音楽的な才能が絶賛されていますが、子供の頃は漫画家を目指していたそうです。
小学5年生の時にFLASHアニメーションで使われていた「BUMP OF CHICKEN」の楽曲を聞いたのをきっかけに、中学生の頃から楽曲制作を行うようになります。
そして、この頃からバンド活動を行うようになったそうです。
まだ中学生でありながらオリジナルソングを作るなど、すでに音楽の才能が開花されつつありますよね。
高校生になってからも楽曲制作をおこなっており、バンドとしてロックフェスの出場をかけたコンテストなどにも応募することもあったそうです。
高校卒業後は、大阪にある美術専門学校に通い、当時在籍したバンドではボーカルとベースを担当していました。

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米津玄師のデビューのきっかけは?

米津玄師さんのデビューのきっかけとなったのは、高校進学した頃から動画を投稿し始めたニコニコ動画でした。
「米津玄師」ではなく「ハチ」という名義でニコニコ動画に、自らが歌う楽曲を投稿しますが、後に30本ほどあった動画を削除しています。
実力が足りずに、納得できる作品ではなかったとして、これまでの動画を削除した米津玄師さんですが、2009年ころには再び「ハチ」名義でオリジナル楽曲の動画投稿を始めます。

バンド活動も並行して行っていましたが、2010年にはニコニコ動画での音楽活動で「南方研究所」というサークルに参加し、自主制作アルバム「花束と水葬」「OFFICIAL ORANGE」を発表し話題となります。
その後もミリオン再生を達成するヒット曲を生み出し、ネット上で話題の人となっていきました。

米津玄師としての活動

2012年からは、本名の「米津玄師」としての活動を開始します。
自身が作詞・作曲を手掛け、ボーカルも務めた「ゴーゴー幽霊船」「vivi」「恋と病熱」のミュージックビデオをニコニコ動画とYouTubeにて発表しました。
この時にはすでに、若い世代を中心に人気アーティストとして名前を知られる存在となっており、同年に発売したアルバム「diorama」では、オリコン週間アルバムランキングで6位にランクインしています。

その後、2013年にユニバーサルシグマよりシングル曲「サンタマリア」を発売し、メジャーデビューを果たします。
ここまで活動をしてきた中で米津玄師さん自身は、メジャーデビューをする必要はないと考えていました。
1人で楽曲制作を行っていた米津玄師さんには、「自分の作る音楽に対して理解があり、自分と同じ熱量で、同じ方向を見られる人と作品作りをするべき」という信念があり、メジャーデビューに到ったのは、そういう人に出会えたことがきっかけでした。

2014年には「米津玄師」としてデビュー後、いつかやりたいと考えていたライブを行います。
また、この年、東京メトロ2014年度広告キャンペーンとのタイアップ曲「アイネクライネ」を発表します。
「アイネクライネ」は、米津玄師さんがデビューしてから長らく代表曲と言われた楽曲で、ミュージックビデオのYouTube動画再生回数は1億回を超えています。
その後も定期的にCDリリース、ワンマンツアーなどの活動を行います。

2016年頃からは、クリエイターとしての活躍も注目を集め、ユニバーサルスタジオジャパンの15周年記念にクリエイターとして参加し、コラボグッズの販売も話題となりました。
アーティストとしても、映画「何者」TVアニメ「3月のライオン」「僕のヒーローアカデミア」などの主題歌を担当するなど、メディアでも米津玄師さんの楽曲を聞く機会はどんどん増えていきます。

米津玄師のデビュー曲の由来

米津玄師さんのメジャーデビュー曲となった「サンタマリア」は、オリコン週間チャートで12位を記録しています。
この作品では、歌詞カードやミュージックビデオに出てくる絵本、ジャケットワークなども全て米津玄師さんが手がけています。

これまでの楽曲は、全て米津玄師さん1人で作っていましたが、この曲では米津玄師さんの楽曲で初めてバンドレコーディングが行われた作品となりました。
しかし、インタビューでは自分以外の人の意思が入った作品は初めてなので、多少の違和感は感じていると語っており、今後の楽曲制作に関しては、バンドで収録するかは分からないと答えていました。
こだわりを持って作品を作っているからこそ、米津玄師さんの楽曲は、たくさんの人が「良い」と感じるのでしょうね。

アーティスト活動とプロデュース活動

2017年に話題となったアニメ映画「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」では、DAOKOさんが歌う「打ち上げ花火」の作詞・作曲、プロデュース、ゲストボーカルとして参加し、大ヒットします。
この頃から、米津玄師さんのプロデュース活動にも注目されるようになりました。

翌年2018年には、テレビドラマ「アンナチュラル」の主題歌となった「Lemon」がフィジカル・配信の累計で200万セールスを記録する大ヒットとなり、同年のNHK紅白歌合戦にも出場し、世代を超えて米津玄師というアーティストが日本中に知られるきっかけとなりました。
その後も、劇場アニメ「海獣の子供」の主題歌「海の幽霊」や、テレビドラマ「ノーサイド・ゲーム」の主題歌「馬と鹿」など、人々の心を打つ名曲を次々に発表しています。
これまでに発表したミュージックビデオの再生回数が、1億回を突破した作品は14作に上ります。

また、2018年には「2020年応援ソングプロジェクト」に参加し、5人組ユニット「Foorin」が歌う楽曲「パプリカ」をプロデュースし、子供たちを中心に人気を集める大ヒットとなります。
さらに、翌年には菅田将暉さんに楽曲提供し、プロデュースした「まちがいさがし」も大ヒットし、音楽プロデューサーとしても優れた才能を発揮しています。

米津玄師の音楽

音楽的才能を高く評価され、これまでに数々のヒット曲を作っている米津玄師さんですが、特に影響をを受けたバンドは「BUMP OF CHICKEN」と「RADWIMPS」と語っており、中高生時代には他にも様々なアーティストの楽曲を聞いていました。
米津玄師さんがやりたかった「バンド活動」について、後のインタビューで、挑戦したものの上手くいかない感覚が強かったと話しています。

米津玄師としてメジャーデビューをする前には、作詞・作曲・編曲に加えてミュージックビデオのデザインなどこだわりを持って自らが担当しており「他人と同じ事をしていても仕方がない」という信念を大切にしています。

また、日本人として先人が積み上げてきた歴史を大切に、音楽に反映させることを考えながら楽曲制作を行っているため、幅広い世代に支持されている現状に、自分のやり方が間違っていなかったと感じているそうです。

歌手デビューする方法とは?具体的な手順と注意点について

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