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【中居正広】オーディションなび的タレント伝⑥ーMC力を最初に見抜いていた人とは

2021.03.25 / エンタメ, 芸能人

中居正広のプロフィール

2020年にジャニーズ事務所から独立し、現在は司会・MC業をメインに行っている中居正広さん。
国民的アイドルグループ「SMAP」時代から、今もなお芸能界の第一線で活躍するスターというイメージですよね。
今回は、中居正広さんの生い立ちから、芸能界でのエピソードまで、気になる情報を紹介していきます。
はじめに、中居正広さんのプロフィールから紹介していきましょう。

中居正広

本名   中居正広
出身地  神奈川県藤沢市
生年月日 1972年8月18日
身長   165㎝
血液型  A型

1986年にジャニーズ事務所に所属している中居正広さんは、2020年の3月31日に退所し、同年4月1日からは、個人事務所「のんびりなかい」にて活動しています。
「SMAP」としてアイドルグループで活躍している時から、MCとしての実力も発揮していた中居正広さんの芸能界デビューのきっかけを紹介していきます。

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中居正広のデビュー前のエピソード

神奈川県藤沢市で、三人兄弟の末っ子として誕生した中居正広さん。
小学生の頃には、少年野球に打ち込んでいましたが、野球肘によって、野球からは遠ざかることになります。
しかし、今でも野球が大好きで、テレビでも野球関連の番組に出演したり、野球に関するコメントが多いことでも知られています。
幼少期の暮らしは貧しく、お風呂は週に2回、父親も仕事現場から帰ると、震えながらホースで水のシャワーを浴びていたそうです。

中学・高校生時代にはやんちゃな青春時代を送っていた中居正広さんですが、中学2年生の時から、ジャニーズ事務所に所属し、芸能活動を始めています。

中居正広のデビューのきっかけ

中居正広さんがジャニーズ事務所に所属したのは、神奈川県藤沢市にある中学に通っている14歳の時でした。
中居正広さんが、ジャニーズ事務所に興味を持ったのは、同じ中学にジャニーズJr.に所属する生徒がいたことがきっかけとなりました。
同級生数人と、自分たちもジャニーズ事務所に履歴書を送ってみようと盛り上がり、中居正広さんだけ見事に合格しました。

ちなみに、年齢は違いますが、ジャニーズ事務所に所属していた今井翼さん(元タッキー&翼)は、中居正広さんと同じ中学校出身です。
さらに、その隣の中学は、佐藤アツヒロさん(元光GENJI)、正木慎也さん(元忍者)の出身校なので、藤沢市から誕生したジャニーズアイドルの多さには驚きですね。

中学生の頃からジャニーズJr.として、毎週日曜日にレッスンに通い、先輩のバックにつくなど下積み時代を経験し、ある時から毎週土曜日には光GENJIのメンバーと一緒にローラースケートの練習に参加していたそうです。
しかし、まだまだやんちゃだった中居正広さんは、土曜日にレッスンに行くのが嫌で、途中から行くのをやめてしまいます。
その後、光GENJIがデビューした時には、大ブレイクする姿を見て、練習に通っていれば自分も光GENJIだったかもしれないと後悔したそうです。
光GENJIがデビューした1987年の翌年、ジャニーズJr.から選抜された中居正広さんを含む6人組グループ「SMAP」が結成されます。
その後、1991年にCDデビューを果たしましたが、デビューシングル「Can’t Stop!!-LOVING-」は、ジャニーズ事務所始まって以来の最低枚数の売り上げでした。
厳しいデビューとなった「SMAP」でしたが、後に国民的アイドルグループになるというのは夢がありますよね。

中居正広のオーディションエピソード

ジャニーズ事務所のオーディションと言えば「ジャニー喜多川さんから直接電話がかかって来る」など、各タレントが語るエピソードが面白いと人気ですよね。
中居正広さんも、友人らと遊び半分で自ら事務所に履歴書を送り、ジャニーさんから連絡を受けましたが、オーディション審査は受けずに、書類審査のみでレッスンに参加するようになります。
そのため、中居正広さんは、ジャニーズ事務所に入所するためのオーディションは受けていません。

しかし、ジャニーズJr.時代には、様々なオーディションを受ける機会もあり、中居正広さんはテレビドラマ「3年B組金八先生」第3シリーズの生徒役オーディションを受けて落選しています。
ちなみに、同じく元SMAPの木村拓哉さんも落選し、合格したのは森且行さん(元SMAP)と長野博さん(V6)でした。
ジャニーズJr.時代には、ドラマ出演などのオーディションも多いので、今やテレビで活躍するスターたちも、オーディションで悔しい経験をしている人がほとんどだと言えるでしょう。

中居正広の芸能界での活躍

1991年にSMAPのメンバーとしてデビューした中居正広さんですが、それより前の1989年に放送されたテレビドラマ「時間ですよ 平成元年」で俳優デビューを果たしています。
「SMAP」はデビュー当時、光GENJIのような正統派アイドルとして華やかな衣装でステージに立っていましたが、これまでにジャニーズ事務所からデビューしたグループのような人気は出ず、苦戦します。
そこで、バラエティ番組に進出し、当時の人気バラエティ番組「夢がMORI MORI」などで、コントに挑戦し「歌って踊って笑いもとれる」現代のアイドル像の先駆け的な存在となります。

「SMAP」の人気が上がるにつれて、個々の活動も目立つようになり、中居正広さんは、特にMC業に力を入れるようになっていきました。
「SMAP」として活動しながら2001年からは「ザ!世界仰天ニュース」「中居正広の金曜日のスマたちへ」など、バラエティ番組のMCとして多数のレギュラー番組を抱えるようになります。
バラエティ番組に限らず、音楽番組やスポーツ番組などの特番でもMCを担当する機会が多く、2016年のSMAP解散後もソロタレントとして変わらぬ活躍を見せてくれています。

中居正広の芸能界での伝説

伝説のグループ「SMAP」のリーダーを務めていた中居正広さんは、個人としても伝説と言われるエピソードがたくさんあります。
その中で、気になるエピソードをピックアップして紹介していきます。

MCを目指したのは18歳の時だった!?

元々は話すのが苦手で、ジャニーズJr.時代も大人しかったという中居正広さんに、ジャニー喜多川さんがライブの前説で喋る仕事を与えます。
そういった経験から、18歳の時にはMCを志すようになっていたそうです。
努力を重ね、テレビ番組でMCの仕事がもらえるようになり、気付けば1週間毎日レギュラー番組を担当する時期もあるほど、日本を代表するMCの1人となりました。

NHK紅白歌合戦で史上最年少司会に抜擢

1997年にNHK紅白歌合戦で白組の司会に抜擢されており、この時25歳だった中居正広さんは、史上最年少で司会を務めました。
その後も、2007年に紅組の司会を務め、通算6回NHK紅白歌合戦で司会を担当しています。
様々な番組で司会を担当している中居正広さんですが、NHK紅白歌合戦の時には、台本を全て頭に入れ、出演するアーティストに関する情報をメモして、急なトラブルが起きてもトークで繋げるように準備をしているそうです。

松本人志さんから「ただのアイドルではない」と評価された理由

2000年に放送されたテレビドラマ「伝説の教師」で共演したダウンタウンの松本人志さんは、中居正広さんを「芸人よりの発想を持っているから喋る仕事ができる」と評価しています。
ドラマ「伝説の教師」の台本で気になる点がいくつかあったという松本人志さんに同調し、撮影を終えた深夜から台本チェックに付き合ったという中居正広さん。
この様子を見てから、中居正広さんのことを「ただのアイドルではない」と評価するようになったそうです。

話すのが苦手だと思っていた中居正広さんの才能を見抜いていたジャニー喜多川さんもすごいですが、その期待にこたえて「MCになる」という目標を叶えた中居正広さんも相当な努力をされたんでしょうね。

【タモリ】オーディションなび的タレント伝①ーデビューエピソードなど

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